Archive : 2009-02

NHK大河ドラマ『天地人』:第08回 「謙信の遺言」 (02月22日放送分)

大河ドラマ天地人
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評価:

謙信の最期は「厠で卒倒」が有名な説 それが本当だとすれば 今夜の描写は随分と美化されてました。こういうところに小細工しても仕方がないんぢゃないかなぁ(苦笑)。

其の舞台となった毘沙門堂。放送開始当初から気になっていたことがある。この番組にとって其処は 重要な場所である/あったことがこれで証されたようなものだが そして謙信と家臣にとっては正に聖地といった位置づけであろう それが 一目で発泡スチロール創りと判るような仕立てってどうなのよ(笑)。越後辺りの海岸線を探れば あんな感じの岩場はこの21世紀にも発見出来るのではないだろうか。謙信最期の(まだ死んぢゃいない様子だが)舞台とするなら尚更 個人的にいい加減鼻についてきた暗転舞台装置も併せ 気と金の遣い処が解ってないんだなと想う。

それから眞田の名を騙る娘。何だよ 単なる状況解説係だったのか。しかも「上杉は鉄砲の弱点を知り抜いて居た=正に毘沙門!」って んな程度 当時の武士なら誰でも知ってるのではなぁい? あんな解説者要らんでしょう。宮本信子さんに任せたら佳いじゃない。更にこの分では恐らく 眞田の血筋を名乗る必要も大してないのでしょうに。視聴覚的演出も紗をかけたりエコー効かせたり かえってそんなにしなくちゃ観られない演技なのかと想ってしまう 逆効果を絵に描いたような出来映え。

ともあれ 直江山城本人が多少気丈に成った為 観て居て楽な進行ではあった。全国の視聴者予想の通り早速泣いて居たが(笑) あの場はそれで自然であろう 道理である。阿部クンの 姿も演技も宜しかった。つい 毘沙門の化身が言うことに間違いないと思ってしまいそうになったほどに(いつかも書いたが 僕は本来魔王側な思想だし どうしたって赤組の味方で在る)。だからそういう処で “発砲スチロール” ってのは拙いと言う訳よ。

最後に 「人が人として在ることの美しさ 其れ即ち義である」 初めに聴いた時から此に異論は無いが 果たして「迷う者だけが見つけられるものがある」という表現は 時代背景から視て如何なものか。現代ならば其れには一理 それ以上のものもあろう。が 合戦中での迷いは死と隣り合わせだった筈。揚げ足をとる形となってしまうが 僕ならば此処は「迷う」ではなく 「疑う」或いは「問う」とする:何というかこういう処に素人っぽさがチラチラするんだな(苦笑)。更に 其れを毘沙門の化身に言わせることで主人公の人格と番組の言い分とを正当化する この手法はいかにも見え透いて安っぽい。

来週はいよいよ御館の乱勃発の気配。番組では「『景勝が正当なる家督相続人』との御遺言」を完全に「嘘」と決めつけて幕を上げるようで。脚本がどう避けようとも 鉄壁主従にはどうしても避けられぬ此の一戦 制作陣の健闘を祈る。

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NHK大河ドラマ『天地人』:第07回 「母の願い」 (02月15日放送分)

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評価:

素晴らしく始終まったりとした展開で ラスト5分くらいは 自分が時代物を観て居ることをスッカリ忘れてました:「こんなハズぢゃあなかったんだけどなぁ……」とか(笑)。
それでも制作陣の本領に近い “家庭” が舞台とあって そういう意味では マズマズの出来だったと言うことも可能ですかね。相変わらず突如として相模勢の攻撃を受けたり――いやだって 実に初登場ですよ 北条氏(笑)―― 歴史面では全く不親切な創りではありましたが。

と言うより 努めても描けないのだろう。定型な説明文だけ何処かから借りてきて 舞台の最中では一切ノータッチ。それでも一夜漬けレベルの勉学は オファーを受けた時点から始めたかも知れないけれど――そんな空想が 極自然に湧くような。
僕は今回 原作未読の儘で観賞に臨んで居るが 著者の此の作品に対する熱意には 何処でだったか 『風林火山』の放映期間中に触れたことがある。そこから推せば此の作風は 著者の勉強不足の故とも想われぬ。安直ながら 「脚本かな」と想う。
一体 上杉家の若き敏腕執政:直江山城守兼続というのは こんなにも右往左往しなければ生まれなかったものなのだろうか。随分長いこと蟄居を命じられて居るらしい様からは 常日頃僕が好いて居る彼の 輪郭すら想い描けない。大好きな彼が主人公だと聞いて 制作発表当初は軽い興奮状態が幾日か続いたほどだのに 今は 直江山城の物語を観て居るのだということも 留意せねば忘れてしまうくらいだ。
僕などはそれでも 生粋の上杉ファンや長年の直江山城ファンに較べたなら 未だ新参者の部類かと自覚して居る。とても偉そうに直江山城像など語れるものではないし 語るにしてもそれらは “僕にとっての” 直江山城 その域を出ない。
さて では(稚拙の要因が其処に在るとして)たとえば脚本家殿は 描く自分より遙かに熱心に研究と敬愛とを捧げてきた在野の人々が 今回自分の作品の観賞者となるだろうことに 想いを致したことがあるだろうか。きっと地球上で初めて大々的に演じられることとなった彼を自分が描くのだという事実に どのような覚悟と志とで立ち向かって居られるのだろう。或いはもっと簡単に こんなの僕の直江山城ぢゃあないよ とか とても楽しみに待って居たのにガッカリした などという想いを視聴者に与えること それって脚本家にとって無上の悲しみだと想うのだけれども?

で? 母の死を契機に これまでダメダメのヘタレだった味噌っカス小姓が 奥州の覇者:伊達クンにも皮肉と冷笑とを浴びせて尚涼し気な あの鼻持ちならない直江山城守兼続へと豹変する訳ですか。やはり 豹変 で済ませたか(笑)。
確かに 直江山城自身が多少しっかりしてくれれば 観るのも楽にはなりそうだが そろそろ毘沙門天は卒倒するらしいし すると魔王の最期も目前である。阿部クン吉川クン それぞれの持ち味が番組にとってはスパイスな働きをしてきた分 今後が益々心配だ。涙に縋った母子劇も今夜限り(現実劇としては)繰り出せないと来れば 後はお船との夫婦劇しか無いわな(苦笑)。

佳かったところもあるのだけれど。
いつもながら大喝が似合いな加藤氏と それから 勇猛果敢な役どころしか記憶に残らなかった宍戸錠氏の 最期を前にした筆頭家老の横顔が 思いの外饒舌で。
そういったベテラン仕事も帳消しにしてしまうような あったのかどうかも知れない弛んだ挿話群・自画自賛な舞台装置――役者がそれぞれに自分の仕事を全うするしか手立てが無いような作品は それだけでもう 僕にとっては駄作だ。

追記:
それから 眞田の血筋を名乗る  “鈴着けたくのいち” さ 曲がり形にも眞田の血筋 腐っても眞田(笑) だってのに 僕の周囲 丸っきり話題にしてないのね。コレって 眞田ファンにとっては予想外の展開 と言うか 異例のことじゃないだろうか。何てったって僕ら 六文銭が戦場遙か遠くに靡いてるだけで 容易く熱狂するからね(笑)。

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NHK大河ドラマ『天地人』:第06回 「いざ、初陣」 (02月08日放送分)

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評価:

散々な初陣でしたねぇ(苦笑)。我が家ではこの作品を『ダメ男くん成長日記』と仮称してます(再苦笑)。以前――此の作品の大河化が未だ決定したばかりな頃――には「その直江兼続、谷原章介さんになりませんか」と願ったものですが 今は「その直江兼続、谷原章介さんにならずに済んで佳かったです」って感じ。だって全然此の兼続には似合いませんもの。

どんなに強く成っても どんなに偉く成っても どんなに裕福に成っても 人として忘れてはならない心がある――そういうコトなのだろうが。ソレを表現するにも もっともっと他の挿話を創り得るだろうに。戦場で躊躇すること自体 当時の青年武士の在り方として的外れな気がする。此方も単なる想像に過ぎないけれど 合戦が「殺るか 殺られるか だ」ということは 厭と言うほど叩き込まれて暮らして来たのではないか と。人格の公的評価を決定づける際に基準となる概念――倫理 徳 美といったもの――が 現代と戦国期とではかけ離れていたであろうことを 僕らは たとえば歴史書を繙く時には忘れるべきではない:歴史愛好家なら周知の 言わば常識。

それから舞台装置について:突然の暗転とか CGっぽいカメラワークとか 極め付けはシンミリ場面でのピアノソロだとか――止めた方が佳いと思うよ? 意表を突いて効果的だとでも勘違いしてるのだろうけど 時代劇にはそんなモノ 要らないんだよね。直球で佳いの。或いは 直球に観えるよう人一倍丹精込める。時代劇って 何て言うんだろう シンプルな料理みたいな 素材と調味料の質で膳の善し悪しが決まってしまうような 視聴覚的な誤魔化しが利かない世界だと思うのだけど?

更に 先週辺りから気になって居たのだが 此の作品での景虎はヤケに立派だ。と言っても他に彼が絡む作品など観たこともない つまりそれほど僕にとっては ただ地味な存在 な訳なのだが。もしかして 『武田信玄』の新田次郎氏が諏訪派だったように 此の作品の著者も 直江山城を描きつつ実は景虎派なのかな などと勘繰ってしまう。そういうのって 物言わぬ忠実な従者のように 作品の根底 全篇に渡って横たわるものだからさ。書き手の意志なようでいて そのようなものが全く及ばない領域の話。

――いつだったかなぁ ふと気づいたんだよね。
意地でも観る 直江山城が幸隆公と重治の次に好き(笑)だから 眞田の名を騙られてるから そう想って来て 一昨年も似たような調子で 今夜も まぁそう想い続けてるけど。こういう輩が在るから NHKの質が改善されないんぢゃないかと。一番の批評は辛口で臨むことではなく 観ないこと。語らないこと。自分を頭数に反映させないこと。
――って コレ 多分大正解でしょう(笑)。

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NHK大河ドラマ『天地人』:第05回 「信長は鬼か」 (02月01日放送分)

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評価:

信長を主軸に据えた今回 場が大分締まりました。毎回このくらい落ち着いた進行であれば 観るのも楽なのですがね。

“義” について 此の場合何れにも正否は無いのだから 直江山城は己にとって美しいと誇れる途を選べば佳い。長年付き従ってきた主:景勝公の支持するものが美しく映えるのは至極当然のこと。逡巡しても最終的に “素直” へ還り  “素直” に従って決断を下すというのも又 人として美しい姿である。
両者に対して中立で在る僕ならば 迷わず信長を採る。自他共に認める鬼っぷりは 寧ろ酷く美しい。狂おしく 高笑いが似合いなほどに痛ましい。

其の定義について多少の疑問を差し挟んだ辺り それから信長に惹かれると言った辺り 漸く僕の想う処の直江山城を垣間見ることが叶った。ほんのチラリと でもそれっきり後はまたただの泣き虫ぶりで 来週の初陣でも何やらやらかしそうな気配。此の作品を観てると 直江山城がまるで『エースをねらえ!』の “岡ひろみ” のように想えてくる(苦笑)。ソレは違う と思う。

三成は初回より知性を感じられ ずっと佳かった。これまで沢山の指摘を読んだけれど やっぱりアノ髪型は駄目だよね(笑)。三成ってのはもしかすると直江山城よりもっと 意固地と理知の塊でなくては話にならん。そのように映るよう ヅラから化粧から助けと成るものであれば何でも力を借りて努めると佳い。

でも直江山城の窮地を救ったのは 実は秀吉 だよね? あんな 腰に幾つも大きな鈴着けた 三國の甘寧みたいな忍びの手柄ではまさかあるまい(笑)。後の大物へ既に貸しを作っとく辺り 此の作品でも秀吉の評価は高いらしい。

来週は初めて戦らしい場面が観られそうだが 恐らく 此の作品に迫真の戦国絵巻は望めないだろうと想う。何より直江山城と景勝公には 無学な僕が識る限りでは御家騒動や内乱がある程度で 史上に名高い合戦とは疎遠なイメージ。無論 人命の重さに区別は無いが その合戦が後世にとって重要だったかどうかとなるとまた話は別 彼らの場合 いきなり一大合戦が件の上杉征伐だったりするのだから。あとは小田原征伐や朝鮮の役 最上氏,伊達氏ら東北勢を相手の長谷堂くらい? ――いや 主従にとってはもしかすると 御館の乱こそは人生最大の合戦だったかも知れない。
何れにしても たとえば今夜出突っ張りだった魔王や未だ道化役な秀吉に比すれば 歴史的に絵に成る話は当然少ない。個人的印象から言っても 直江山城というのは武人としての戦いより 人としての闘いに生きた男だ。かと言って 今年の脚本にヒューマニズムは荷が重過ぎるだろう。必然 ラヴコメディしかないのか――。

追記:
久しぶりに “北斗の七星” を観た。そう言えば「此はしたり」もここのところ出てないし 或いは視聴者の声が反映されたものか。

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