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眞田ブログリング


2008-05-08 (Thu)

『火の国の城(上・下)』池波 正太郎

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火の国の城 上 新装版 文春文庫 い 4-78
池波 正太郎
文藝春秋 2002-09
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評価

by G-Tools , 2008/05/08

たくましい裸体である。体を流しに洗場に入ってきた湯女が目をみはって「ま、りっぱな体わいの」感嘆の声をもらした。湯女の乳房が男の頭の上でおもたげにゆれている……この男こそ、関ヶ原の戦いで討死したと噂されていた忍者丹波大介であった。五年後のいま京の風呂屋で彼の横顔を見た別の客が、驚きの表情を浮かべた。


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火の国の城 下 新装版 文春文庫 い 4-79
池波 正太郎
文藝春秋 2002-09
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評価

by G-Tools , 2008/05/08

闇がにおっている。春のにおいなのだ。「あっ……」さすがの大介もあわてた。こうまでも敵の術中にはまりこもうとは。刃と刃の噛み合う音が烈しくおこり、三つの影が目まぐるしく飛びかう。小たまの絶叫があがった。大介の一刀に左腕を斬られたのだ。転瞬、切りつけられた大介の体が仰向けざまに倒れた……。


久しぶりに読書をする。これも久しぶり 池波正太郎の忍びモノ。亡き継父の書棚に並んでいるのを拝借してきた。試みにパラパラさせてみたなら “真田昌幸” の名が見えたからだ。だが どうやら眞田作品ではなさそうである。「今度の忍びは 誰の御為に働くのかな……」 一寸他の作家相手には湧かないようなワクワクとした心地が 僕の此の作品への馭者となった。

主人公:丹波大介というのは 甲賀忍びの出で在りながら関ヶ原の合戦にては我らが眞田忍びとして西軍の為に働き 大御所の身辺まで肉薄した手練の男だという。「だという」と言うのは 彼は先に『忍者丹波大介』という別の池波作品にて 堂々主役を張って居るのだそうで 生憎僕は未読ながら 大の池波小説ファン 或いは忍者小説ファンにとっては 既に馴染みの深い存在だろうと想われるのだ。5年前の関ヶ原戦で壮絶な討死を遂げたと伝わる彼を 作品導入部にて京の風呂屋に目撃するのが これまた同合戦で死んだと信じられて居る眞田忍び:奥村弥五兵衛なのである。

――この辺り 導入部にて既に 実に旨い。且つ豪華である。「ファンにとっては堪らないセッティング」とは 池波作品の解説者が異口同音に書き立てる処であるが 全くそれ以外に言いようがない。或いは此の作品が 一個の独立した長編小説であると同時 (解説によれば)『夜の戦記』―『蝶の戦記』―『忍びの風』―『忍びの女』―前述の『忍者丹波大介』と一連を為す作品:連作小説であることが そのような設定を生んだのだ そう解釈をする向きも在るだろう。だが僕はそれ以前に 此の書き手が相当のプロ意識を備えて居たのだろうことを感じるのだ。ファンを悦ばせる方法を識って居り それを為すことを忘れず 惜しまない。それは取りも直さず 大衆から好んで読まれて在ること 其の自覚がある ということである。そのような作家としてどのような仕事を為すべきなのか 即ち己が責任を自覚して在る ということである。勿論そればかりでなく 純粋に大家としての自信もあっただろう。自信と自覚とに満ち満ちて差し出された手を だから読者は正に大船に乗った気分で取り これより繰り広げられるだろう戦国浪漫へと 悠々漕ぎ出して往けるのだ。このような不思議な信頼感を抱かせる作家を 僕は他に識らない。

さて ではそんな豪華なセッティングにて我々読者の前へ再び現れた丹波大介が 此度は一体誰の為に働くのかと言えば 太閤子飼いの筆頭で在りながら関ヶ原の合戦では東軍に属し 地元:九州にての大功が認められ 今や肥後54万石(作中説)の大大名と成った 加藤主計頭清正 なのであった。
――にやり。とせずには居られない(笑)。なるほど では表題『火の国の城』は 天下に屈指の名城:熊本城を指すのであろう と早速に合点がゆく。更に 生前継父が好きな武将に 先ず「加藤清正」と挙げたことを淡く想い出す。
だが作中 清正も熊本城も 想うより出番は少ないのだ。例えば『真田太平記』に於ける真田安房守昌幸公と真田忍び頭領:壺谷又五郎ほどには 丹波大介と清正とが密に疎通する訳ではないし あの実戦的な熊本城を舞台に丹波忍びが大いに敵方と攻り合う訳でも 無論其処で決戦が行われる訳でもない。仮に此を映像化するとしたら 脚本家は大々的に此処を加筆するだろう そのくらいの淡泊さである。
でありながら 清正と熊本城との存在感は決して淡泊などではないのである。ファンにとっては 丹波大介のような忍びがどのような御仁にならば身命を賭するのか 又熊本城という城がどのように堂々たる建築物なのか 其れを建てた清正がどれほど築城の名手なのか 其の手法を誰から受け継いだのか――そのような前知識は改めて吹き込まれるまでもない。無論その通りではあるのだが 特に 熊本城が清正の精神の象徴として 即ち此の物語を貫く主題として作品の根底に静かに横たわって在る様は いつもながらの安定感にて美事である。其の意志の厳然は 言うなれば『真田太平記』に於ける「真田伊豆守信之公」といった処だ。
――きっと。
作者は熊本城を訪れ 先ずは万民と等しく大いに圧倒されてから 「清正は何を考えながら此の城を建てたのか」 洋々と想いを馳せたのだろう。読書を進める間中 僕には其の姿が観えるような心地がした。作者が抱く其の畏怖と敬意が 清正と熊本城とに一体と成って 作品に横たわったのだと惟う。手法云々以前に そういう作者の 対象への敬愛が 此の作品の安定感を生んだのではないだろうか。


最後に 具体的な感想を二,三挙げておく:
池波作品の中でも特に読み易い忍びモノであった。本来忍者小説には部外者で在る僕にとって 例えば『真田太平記』のように細々と延々と忍び働きが語られるような類は 正直 読み進めるのに時折苦痛を伴ったりする(苦笑)のだが 此方はノッケからテンポも上々 スルリと読破出来た。前述通り此の作品は 一連の池波忍者小説と併せれば長大且つ雄大な連続作品と見ることも出来るのだが 此の二巻が初めてな読者にも全く違和は無いだろう。
けれども もしも彼等に超人的完璧無比な忍び働きを期待するなら 一寸注意は要るやも知れぬ。主人公はじめ 我らが眞田忍びの象徴として登場する奥村弥五兵衛なぞも 平気で何度もドジを踏む(笑)。いや主人公自らが 私事から仲間を死に追いやるという失態を演じて隠さない。尤も 相手も伊賀/甲賀の優れた手練達(此方も他作品では主役を張った身だそうな)であるから 「ドジ」と言ってもそのレベルは高いに違いないが。
情に負け 色に負け 窮地に嵌り 仲間を巻き添えに戻って 尚赦される――機械的/サイボーグ的忍者とは正反対の 謂わば “池波忍者” の特質が色濃く著された作品と言えよう。きっと 数年前「肉に弱いだけだ」と僕から投げ出されてそれきりな 『忍びの風』で作者が著したかったのも其処だったのだ と今回は思い至った。

Theme : 歴史・時代小説  >> 本・雑誌

Tag : 
池波正太郎

Comment


こんばんわ、憐殿。


私も池波ファンで、この一連の連作作品の本は読みました。
「蝶の戦記」もなかなか面白かったですが、やはり「忍者丹波大介」は良い!
なかなか爽快というかよくできてます(何様だ/笑)
未読ということなので、オススメします。

私はこれを読んでから「火の国の城」を読みました。
  • まひろ #-
  • URL
  • 2008-05-11(Sun) 00:38:28
  • Edit

>まひろ殿

そうか オススメですか!
僕は『蝶の戦記』など 女忍びが主役を務める作品はチョット苦手のようなのです。そこをゆくと丹波大介君はすんなり受け容れることが出来て 気分佳く読み進められたんですね。継父の書棚には『忍者丹波大介』が見当たらないので 自分で買ってしまおうかなと考えて居たところでした。
まひろ殿の御墨付きも賜ったことだし……と早速Amazonチェックです。

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