一日一ぽち

眞田ブログリング


2008-07-06 (Sun)

『小説・新撰組』童門 冬二

photo
小説・新撰組 (集英社文庫)
童門 冬二
集英社 2003-12
売り上げランキング : 222449
評価

by G-Tools , 2008/07/06

混迷の幕末。将軍警護のため、近藤勇は土方歳三、沖田総司ら「試衛館」一門を率いて京都に赴く。新撰組を結成し、尊攘過激派が集結する池田屋を急襲、一躍京に名をはせた。「誠」の隊旗を掲げ、落日の幕府に殉じた新撰組。その精神の支柱になったのは、士道を忘れぬ鉄の規律だった。
「新撰組が行く」を改題。



亡き継父の書棚 普段は注目しない三段目に 池波正太郎の『忍びの女(上・下)』と共 ひっそりと収まって在った一冊。そして僕にとっては初めての新撰組作品である。
著者:童門冬二には 同じ “全一冊シリーズ” の『小説・直江兼続 北の王国』以来好感を抱いてきた。しかしながら池波正太郎の忍びモノと並んでいたなら 当然そちらを選んで然るべき 僕は大の眞田贔屓である。そこを敢えて全く未知の新撰組でゆくことにした理由には 第一に僕の生涯の大半が彼らの故郷に当たる多摩丘陵に送られているということ ここらで彼らに目通りしておくのも悪くはなかろうという心境の変化があったこと そして何より そのクセ彼らには現在まで全く何の関心も抱かぬ儘過ごしてきた自分の内部に初めて疑問を感じたこと が挙げられる。

作品は実質570頁弱に渡る長編時代小説だ。新参なりに少し調べてみたところ 内容は概ね(新撰組側に立った場合の)定説に沿って展開されており その中に “車一心” という架空人物を配してある。この「時代の腰巾着」とでも称ぶべき卑屈な浪人は 物語の冒頭 近藤勇が主を務める試衛館へ道場破りとして登場。以降 徹底して近藤ら旧試衛館員と対立する側に身を泳がせつつ ほぼ全編に暗躍する。愛すべき人物では在り得ないながら 勝ち負けや損得とは無縁の処で士道を貫かんとする新撰組とは絶好の対比を為して 効果的/印象的な登場人物ではあった。
又前出『直江兼続』同様 生粋の東人が描く日本各地の人物 とりわけ京の人間の気質には独特の解釈が見え隠れして興味深い。これも本作の特徴と言えるかも知れない。
物語は 来る将軍上洛警護の為の浪士隊公募に応じる決意を 近藤が多摩の試衛館員にて門下一同に宣言するところから始まる。以降 明確な立場の無いまま京の都の警備に励む新撰組の 内紛やそれぞれの恋物語や会津藩との信頼関係 薩長両藩の不透明な動向 幕府の時代への認識不足などをざっと描いて 著者は幕末という時代のあらましを我らに語ってくれる。池田屋騒動辺りで筆圧は最も強くなり その後は殆ど一足飛びに幕府滅亡までワープするかのようで その間にある近藤の処刑も沖田の病没も土方の戦死も 極々あっさりした語り口だ。それ故 新撰組作品としてはどうしても尻窄みな印象は拭えないところだろうが 元々主人公格の死に当たっての長口上や大立ち回りが好きでない僕にとっては 時代の概要と新撰組の輪郭が知れればそれで充分:二晩費やし読破しても 一向に彼らへの親しみも愛着も共感も見出せては居ないのであった。

此は一体どういう道理からなのだろう。
僕は生まれこそ違えて居ても 3歳から24歳まで そして36歳以降現在までという長い年月を 新撰組の故郷である多摩丘陵に過ごしてきた。言うなれば新撰組は「郷土の士」であり 何処の土地でもそれが普通であるように 「郷土の士」とは「我らがヒーロー」と直訳して何ら不自然は無い生活環境に たった今だって在る筈なのに。
作品では 新撰組が最期まで不利な(と言うより暗愚な)徳川幕府に尽力して逝った理由として 「多摩農民の魂」と「八王子千人同心の志」を掲げている。其れは作中 近藤の口から 土方の口から 幾度も幾度も繰り返される。物語はそう力説していても 僕にはちっともピンと来ない。全然しっくりしない。農民の出だからこそ 純粋で強固な理想の武士像を抱き続けられたのだというのは理解出来ても 例えば「多摩農民としての誇り」という意味合いには何も賛同する処がない。寧ろ僕の知る多摩地区は 高層集合住宅目当てに全国から殺到した烏合の衆の土地であり 其処には郷土愛や民族意識など欠片も感じられないのだ。
一方 “八王子千人同心” とは 武田家滅亡後に家康が召し抱えた武田家遺臣を中心に構成された。家康は甲斐からの江戸への入口として八王子の地を重視し そこへ半士半農の徒として彼らを据え 周辺警備に当たらせたということである。在来農民も多く混ざって居た為 多摩地方一帯には農民層にまで徳川恩顧の精神が行き渡ったらしい。
15代260余年もの間養われて在れば たとえ武田遺臣の子孫で在っても 主たる徳川には恩を感じずには居られないだろう そうは想っても 「だが武田を滅ぼしたのは織田徳川連合軍ではないか」と語気を強めてしまう 僕は大の眞田贔屓で在る(笑)。徳川は何処までどう行っても仇敵なのだ(再笑)。其れに尽力して逝く新撰組とは「乃ち敵ではないか」 そういう思いが現在の僕の 彼らへの冷淡な態度に加勢しているのは否めない。
けれども 其れと此とは別問題である。そもそも もし僕に “多摩農民の魂” と “八王子千人同心の志” が生きて根付いていたなら 徳川恩顧たる僕が敢えて主家にとっての毒虫:眞田氏に味方することもなかっただろう。守るべきもの/誇れるものを有する土地を求めて 多摩地区を離れ一時期を横浜の港に拠ることも無かったかも知れない。現在とは全く違った僕だったかも知れない。

一体 多摩の農民は何時魂を棄てたのか。何時徳川の恩を忘れたのか。何故現在の多摩地方には武芸の精神が伝導されてないのか。何故もっと自由民権の志に熱い市民でないのか。それら総て 新撰組の生きた時代にはこの地方一帯の誇りだった筈である。それとも新撰組と共 多摩農民の魂も死んだのか。
多摩の民は 旧き精神の伝導と継承より 高層集合住宅の林立と周辺商業の活発化を採ったのだ。背後に繰り広げられて在る歴史より 眼前とその先に展開されるであろう歴史を夢想したのだ。高度成長と中産意識に煽られ高層住宅に群がる移民を節操なく受け容れ続けるうち 本物の多摩農民など居なくなってしまった。今 僕の周辺には何も遺ってはいない。デパートや公立校の残骸 沢山の空室 そして老人ばかりである――大きな罪だ。

Theme : それでいいのか日本国民  >> 政治・経済

Tag : 
新撰組
多摩
八王子
童門冬二

Comment


コメント送信

管理者のみ読めるようにする

Trackback

このエントリーのトラックバックURI
http://sanada10uc.blog67.fc2.com/tb.php/270-32f35b56
引用して記事を書く(FC2ブログ用)